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Thu, 16 Jul, 2026 at 07:00 pm

防犯とバックパッカー2 by 扇町Talkin' About

  • 扇町ミュージアムキューブ · Osaka
Asakaho Luis Ryuta Publisher / Host Asakaho Luis Ryuta
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5月におこなった「防犯とバックパッカー」の第2弾をやります。
第2弾は、ワシが一方的に話すのではなくて、旅について、ご自身の思い出やこれから旅に出ようと思っている人、聞いてみたいことに話してみたいことなどを自由に話し合う、「扇町Talkin' About」の一環として開催します。
愛と自由とロマンに満ちた放埒の日々について、語りましょう! 
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日時:7月16日(木)19:00-20:30
場所:談話室マチソワ(扇町ミュージアムキューブ内)
参加:1ドリンク(参加費は無料)
飲み物の用意の都合上、どれくらい来られるか把握したいので、参加の方はポチってくださいな
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1988年、南米。ワシは22歳だった。
ペルーからチリへ向かう長距離バスは、アタカマ砂漠の夜を滑るように南下していた。
窓の外には何もない。ほんとうに何もない。月の裏側みたいな荒野が、どこまでも続いていた。
なのに車内だけが、まるで別の惑星のようだった。
赤い光。青い光。
色つきのセロファンを被せられた蛍光灯がチカチカと瞬き、その下で人々は笑い、叫び、立ち上がり、肩を叩き合っていて、どこかの港町の安ディスコみたいだった。
スピーカーからは狂ったような大音量でラジオが流れている。
ソウル五輪。女子バレーボール準決勝。日本vsペルー。
バスの中は、あたりまえだがペルー人で埋め尽くされている。そして全員が熱狂していた。広いアタカマ砂漠の中でワシひとりだけが日本を応援している。そんな気分だった。
「ハポン!」「ペルー!」
怒号と歓声が入り交じる。
旅に出ると、ヒトは少しだけ自分を信じすぎる。
22歳のワシは、世界中を敵に回しても日本が勝つと思っていた。
そのときだった。
隣に座っていたおねーちゃんが、不意に、くすっと笑いながらワシの腕を絡めとってきた。
小麦色の肌。ラテンの夜の匂いがする少しきつめの香水。光の色が変わるたびに、濡れた瞳と厚い唇の表情も変わる。
「ねえ、アジアン・ボーイ。そんなにムキにならないで」
そう言って笑った。
「私たち、ハポン(日本)を愛してるのよ」
ジェニファと名乗った彼女は、そう言った。
その名前の響きまで、南米の夜の匂いがした。
「Katoは、私たちのお父さんなの」
ジェニファはそう言った。
ペルーの女子バレーを強くした、ひとりの日本人、Akira Kato。
その名前を口にするとき、ジェニファの声は少し誇らしそうだった。
「だから今日は戦争じゃないの」
ジェニファはワシの耳元で囁く。
「最高のフィエスタなの」
ジェニファはワシの耳元で「ペルー! ペルー!」と熱い息を吹きかけながら、いたずらにその肢体を押し付けてくる。そこにあるのは、ワシへの敵意ではなく、日本への敬意と、バレーへの純粋な情熱だけだ。
そのたびに香水の匂いがした。
車内には人の熱気が満ちていた。
そう、ペルーの女子バレーをここまで強くしたのは、かつて1965年に単身渡ってきた一人の日本人、Akira Katoだった。Katoは厳しい「日本式猛特訓」で彼女たちを鍛え上げ、わずか2年で南米王者に導いた伝説の英雄。ペルー人にとって、日本はただの対戦相手ではない。自分たちのバレーの「父」であり、心から尊敬する特別な存在なのだ。
中田久美がトスをあげ、大林素子や丸山由美がアタックを打つ。
遠く日本から1万5000キロ。
世界の果ての砂漠の真ん中で、ワシはちょっとだけ誇らしい気分だった。
試合は最終第5セット、12-9。日本が勝利へあと一歩と迫ったそのとき、バスが激しいブレーキ音を立てて急停車した。
ゲリラ対策の検問所。
「全員降りろ! 荷物検査だ」
銃を手にした警官たちが、ぶっきらぼうに乗客を砂漠の冷気の中へと追い出す。乗客たちは夜の冷気の中へ追い出される。ジェニファのぬくもりが離れていく。試合の行方も見えなくなる。最悪のタイミングだった。
けれど、プレハブ小屋の奥から、あの実況が聞こえてきた。
青白いブラウン管。
警官たちも、運転手も、乗客たちも。
みんなが吸い寄せられるように小さなテレビの前に集まった。
銃なんか持ったまま。
国境なんか忘れた顔で。
ボールの行方だけを見つめていた。
「おい、チーノ(中国人=東洋人)! 荷物は……」
今いいところなんだ!「静かにしてくれ!
画面の中、江上選手が放った渾身のスパイク。タッチアウトに見えた。しかし、審判のコールは「日本のアウト」。不可解な、あまりにも残酷な誤審だった。
「嘘! ブロックの手が当たってる!今のはタッチアウト!」
テレビに向かって絶叫した瞬間、ワシを睨みつけていたはずの警官が、隣で拳を突き上げた。
「よし! アウトだ! ペルーの点だ!」
気がつけば、銃を持った警官も、運転手も、バスから降りてきた乗客たちも、もちろんジェニファも、みんなが検問そっちのけで、小さな画面に釘付けになっていた。誰も荷物のことなんて考えていない。そこには、日本バレーの凄みを知るからこそ、1点をもぎ取るたびに死に物狂いで狂喜乱舞するペルー人たちの姿があった。
「おい、時間がないぞ。バスに戻れ!」
別の警官が声を張り上げる。ワシが「ワシの荷物チェックは?」と尋ねると、一緒に一喜一憂していた警官は、画面を見つめたまま手でシッシッと合図した。
「もういい、判ったから早く乗れ(笑)」
国家の規律よりも、ボールの行方の方が尊い夜がある。
それがこの国の、この時代の空気だった。
日本は負けた。
ラジオからペルー中の歓声が噴き出した。
悔しさが込み上げてくるかと思ったけれども、全然そんなことはなかった。
ペルーが勝っても日本が負けても、この夜は熱狂の夜だ。
美しかった。
地球の裏側の人たちが、日本のバレーをこんなにも愛してくれている。
そのことが、なんだか胸に沁みて、日本にあっかんべーをしてきたはずなのに、なんだか少し誇らしい気分にもなったのだ。
「いい試合だったわね」
ジェニファが小さく言った。
いつの間にか、さっきまでのはしゃいだ顔ではなくなっていた。
少し大人びた横顔だった。
「うん」
それしか言えなかった。
彼女はワシの首に腕を回し、切ないほど優しく、だけど情熱的なキスをワシの頬に落とした。
「あなたたち、本当に強かった」
そして、少しだけ寂しそうに笑った。
「ありがとう、Katoの国の人」
香水の匂いがした。
試合が終わっても、ディスコ・バスはディスコであることをやめなかった。
試合の中継が終わると、今度は陽気なサルサが流れ出し、誰かが歌い、誰かが通路で踊りはじめた。
窓の外には、人類が忘れてしまったような闇がどこまでも続いている。なのに車内だけは、祭りのあとみたいなあたたかさに包まれていた。
ジェニファとワシは、いつの間にか手をつないでいた。
指を絡めるわけでもなく、恋人みたいに肩を寄せるわけでもなく、ただ、はぐれないように。
それだけだった。
ときどき目が合う。
笑う。
また窓の外を見る。
窓の外には、星が降るような夜空。
赤と青の光が、彼女の睫毛を短く照らしては消えていく。
ワシは、何か言わなければと思った。
チリに着いたらどこへ行くのかとか。
また会えるのかとか。
若かったのに。
若かったからか。
そんなことは何ひとつ聞かなかった。
いや、聞けなかった。
旅の途中で出会う人には、
名前だけ交わせればそれでじゅうぶんだと思っていた。
永遠なんて、どこか野暮なものに思えていた。
アタカマ砂漠を駆けるディスコ・バスは、極彩色の光を撒き散らしながら、ロマンに満ちた熱い夜の闇の奥へと、どこまでも走っていった。
銀河鉄道のように、南米の、でっかい大陸の陸や空を駆け抜けているのだと思った。
22歳だった。
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Event venue

扇町ミュージアムキューブ, 大阪府大阪市北区南扇町4−14,Osaka, Japan

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