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モートン・フェルドマンのために ~フェルドマンの《ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ》(1987)~

  • 豊洲シビックセンターホール · Tokyo
Transient Publisher / Host Transient
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2026年12月17日(木) 19時開演 豊洲シビックセンターホール(東京都江東区豊洲2丁目2-18)
出演
高橋アキ(ピアノ)、成田達輝(ヴァイオリン)、三国レイチェル由依(ヴィオラ)、上村文乃(チェロ)
曲目
モートン・フェルドマン《ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ》(1987 演奏時間75分~)
チケット料金前売り一般:4000円、前売り学生:2500円、当日:4500円(予定)
2026年5月2日 発売予定(続報はこちらを随時更新)
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現代音楽についての批評を中心に活動しているからか、しばしばこんなことを訊かれる。
「仕事で現代音楽についての文章を書いている立場から本音がいえないことは承知していますが(笑)、本当に現代音楽を聴いて心が震えるように感動したこと、あるんですか?」
全く。礼を失しているというのは、まさにこのことじゃないか。だが、これについては「あるorあった」と即答できる。むしろ、「あった」からこそ、畑違いから音楽批評の世界へと飛び込んだりもしているわけだ。で、幾つかあるそのような経験の一つとして、2007年の9月15日、静岡音楽館AOIで開催された、モートン・フェルドマンの《Trio》(1980)の日本初演が挙げられる。
《Trio》のみの単一曲プログラム。演奏者は、高橋アキ(ピアノ)、マーク・サバット(ヴァイオリン)、ロハン・デ・サラム(チェロ)。のちに、同じ演奏者によるCDが発売され、今ならサブスクで聴くこともできるが、ここでの演奏時間が105分。当夜の演奏はもう少しかかり、110分ほどになっただろう。110分の間、終始極限的な弱音で推移し、弱音であるがゆえに生じる音同士の特別な干渉が、フェルドマン自身すら想像しなかっただろう、作品の新たなリアリゼーションの可能性を拓く。客席の聴衆は決して多くはなかったが、超然と紡ぎ出される舞台上の音にとにかく耳を澄まし、消え入るほどに幽かな音たちの逆説的な強靭さに、ただただ打ちのめされた。
優れたフェルドマンを演奏する奏者は日本にも数多い。だが、高橋アキのフェルドマンには特別な輝きがある。その輝きのもとが何かといえば、彼女の奏でる音響構成の「特異さ」ではないだろうか。
「特異」というと些か言葉が悪いかもしれない。言い換えよう。この「常ならざる感触」は、高橋アキの、それこそシューベルト演奏からも聴きとれるはずだ。筆者は吹奏楽畑出身である。だから、合奏体全体の音量バランスということを、学生時代、かなり徹底して叩き込まれた経験をもつ。低音という親亀の上に中低音という子亀が乗り、さらに中音、高音、最高音と、孫亀、ひ孫亀、玄孫亀が乗っていく。低音が大きく、高音へ向かうにしたがって小さくなる、ピラミッドのような構造こそが、理想的な音響バランスなのだ、と繰り返し指導されてきた。低音に内在する高次倍音と、より高い音の基音との干渉が、ハーモニーの源泉と考えられているのだから、こうしたバランスを理想のものとするのには、確かに一理も二理もあろう。
しかし、高橋アキの紡ぎ出す音響には、しばしば、このピラミッド的なバランスを意図して壊す局面が訪れる。低音を抑えたなかで、内声の中低音をより大きく鳴らしてみるなど、音響のバランスが常道とは逆転するのだ。そのことは、内声を際立せるなど、楽曲に内在する情報をより精緻に伝えることに奉仕するよう、バランス以外の方向性での合理性を担保しているため、多くの聴き手はその「特異さ」を意識はしない。ただ、仔細に耳を澄ませば確かに感じられるこの特異さは、高橋アキが、楽曲という情報をもとに、倍音列という特性に挑戦し、他の誰もがなしえないやり方で調停していることをよく顕わす。
こうした音響志向がもっとも相性良く結びつくのが、フェルドマンの演奏であろう。フェルドマンが書く譜面は、非常に簡素なものともなる。だがそれらを、時に長大となる時間構造の中で、どのような音色で、どのようなバランスで鳴らしていくべきか?この点においては、調性的なヴィルトーゾピースなどよりはるかに難しい課題が存在する。この課題に上述の「特異さ」で対峙するところに、高橋アキの演奏のオリジナリティはある。思えば、高橋アキによる、東京オペラシティでのフェルドマン《バニータ・マーカスのために》の演奏(2010年12月16日)も、その音響の彫琢のストイックさが演奏の次元をはるかに引き上げた、真に驚くべきものだった。
この特異さを、誰かが継承していかなくてはならないのではないか?昨年10月、豊洲シビックホールでの高橋アキのリサイタルの最中、とつぜん、「そうだ、ここでフェルドマンの演奏をやろう」と思い至った。高橋アキが紡ぐ響きの特異さに感応し、その響きを自身の耳とボウイング技術のうちに継承し、フェルドマン演奏の新しい地平を拓ける若く優秀な弦楽器奏者とともに。
ならば、作品は《ピアノ、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ》(1987)、フェルドマンの最後の作品が良いだろう。わずか61年の生涯の先に、モートン・フェルドマンはどこへ行こうとしていたのだろう?その限りない深淵に、高橋アキと3人の弦楽器奏者、成田達輝、三国レイチェル由依、上村文乃とともに分け入っていければと思う。
2026年、フェルドマン生誕100年のこの年。世界最高のフェルドマンが日本で聴ける。そのような場を作り出したい。ぜひ、最大限の期待とともにご来場下さりたい。
2026年1月12日 モートン・フェルドマン生誕100年の日にTRANSIENT 代表 石塚潤一
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Event venue

豊洲シビックセンターホール, 東京都江東区豊洲2丁目2−16,Koto, Tokyo, Japan

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